修士卒の上部くんと進めた天然物合成の論文がChemEurJに出ました。VIP選出、Cover選出に加え、ChemistyViewsでも紹介してもらいました。今回はその論文について、化学の話を書きます。カバーアートが出るのを待っていたため、少しブログ化に時間がかかってしまいましたが、お付き合いいただければ幸いです。
研究を始めた経緯は、「ラボで合成テーマが減っていて、ノウハウや知識が減りそうで嫌だから天然物合成テーマだしてほしい」との意向によるものです。以前開発した脱芳香族的アザアスピロ環化で天然物作れそうと考え、付け焼き刃でしたがcephalotaxine類を標的にプロジェクトを始めることにしました。ちょうどこのアザスピロ環化反応の論文を出し、ラボ内で頭角を現していた上部に託すことにしました。以上が経緯です。
Cephalotaxine類って何?
イヌガヤ属の植物から単離されたアルカロイドです。単離は50年以上も前、合成例も大量です。近年では如何に本アルカロイドがもつアザスピロ環を含む4環式骨格を作るか、という手法を見せつける格好の標的になっているフシがある化合物です。これら化合物のうち、homoharringtonineは白血病治療薬としてFDA認可されています。
これらファミリー化合物の中で、C11位が酸化されたものは、B環とD環が縮環してもう少し複雑な骨格をもつものが多く含まれます。C11位の酸化とD環の酸化度の調整の困難さも相まって、C11位酸化体の合成例はcephalotaxineの合成例と比べて圧倒的に少なく、良い合成標的とされていました。
こういう経緯で、cephalotaxineの中でも、C11位酸化体、どうせなら初の全合成となる(予定だった)fortuneicyclidinesとcephalotineを標的としました。
簡単な合成計画
まずは我々のアザスピロ環化/骨格転位反応を使って先に骨格を作ることにしました。その後、官能基変換で天然物に導く、というものです。骨格形成としては先にアザスピロ環を作り、7員環を巻くことにしました。7員環形成は①C–N結合形成 or ②芳香環C–C結合形成、の2ルートを試しました。
僕らのアザスピロ環化反応
開発したアザスピロ環化では、窒素求核部位としてはアニリン、N-アリールアミドが使え、N-アルキルアミドはダメっていうことがわかっていました(これが後で効いてきます)。アルキルアミンはやってなかったけどきっと大丈夫でしょう、と思ってまずそこから開始しました。つまり、7員環形成としては②のルートとなります。しかし、アルキルアミンでスピロ環化したところ、反応は進行したものの、その後の骨格転位でスピロ環が形成できず、dead end。次の案として、7員環形成は①のルートとし、窒素をスルホンアミドとして、環化後脱保護し、C–N結合形成しようとしました。スピロ環化は進行するものの、骨格転位せず、これもdead end。
あれ?アルキルアミド実は使えたりしないか?
どうにも突破口が見えないので、論文未発表のデータも含めて過去のアザスピロ環化の結果を二人で全部見直すことに。すると、
「アルキルアミドって、フランではやってないじゃん」
ということに気付きました。チオフェン環をもつ基質しか検討しておらず、完全に盲信していました。フランならイケるっしょ、と上部くんに早速やってもらうことにしました。結果、収率20%ながら反応が進行することが判明。その後の骨格転位も問題なし。つまり、先の検討でポシャりかけていた7員環形成を②のルートでできる兆しが見えました(このとき2022年8月)。
難しい7員環形成
合成当初からの懸念ではありましたが、今回の7員環形成難しいんです。上の検討で得られたスピロシクロペンテノン化合物で、芳香環とアミンがantiなので反応点が遠い。実際、アルキルハライド使ったFCアルキル化はダメ、アルデヒド使っても巻かず。最後にカルボン酸から常法に従って酸クロ経由して巻いてみましたが、これもできず。上部が色々聞きまくり、現D3の加藤がTFA/TFAA条件をみたことがあるとアドバイスしてくれたことが転機となり、収率3%で環化体がようやく得られました(2022年9月くらいのこと)。最適化したら40%強で得られるようになりました。これで、骨格形成までの目標が達成されたことになります。
災い(試薬間違え)転じて福(短工程化)となる
上部の人柄が最もよく出たエピソードです。上記の通り、カルボン酸でルートが通せそうなことがわかり、以下の合成ルートでとりあえず量上げしていました。ある日、
上:「なんかNMRでピバロイルみたいなのが大量なんですよー、コンタミですかね」ってNMRもってきてくれました。
む:「メチルないぞ、、、?んんん?これコンタミじゃなくて、tBuエステル使ってないか?」
上:「。。。」
やらかしてました。出発原料のメチルグリシンでなく、試薬箱の横にあったtBuグリシン使っていた様子。しかし、tBuエステルでもアザスピロ環化は進行していたこと、続くFC環化反応による7員環形成がTFA/TFAA条件で進行することから、tBuのほうが都合がいいという改良法が見えました。つまり、アザスピロ環化後、酸で骨格転位とtBuの除去、FC環化、というタンデム反応させれば短工程化できる、というものです。やってもらうと収率30%くらいですがちゃんとタンデム反応が進行し、短工程化に成功しました(2022年10月末くらい)。
C2位に酸素を入れたいが、、、
そろそろ修論の足音が聞こえる11月。合成した4環式骨格の化学選択的変換が最後の課題に。量上げと先端の条件検討しつつ色々やっていました。このときにはfortuneicyclidinesの合成を最優先に、まずはB環の酸化段階の調整を目下の課題にしていました。とりわけ、ここのC2位のヒドロキシ基の導入が意外と厄介。エノンの水添後のα位酸化は速度論制御法を用いても反対側(ベンジル位)の酸化が進行するという状態でした。先にエノンを酸化してどうにかしようともしましたが、骨格に酸素原子が挿入してしまったり。。最終的にはヒドロシリル化してシリエノとし、Rubottom酸化することにしました。ヒドロシリル化もTIPS–Hのみ使えました。続くRubottom酸化はスムーズに進行し、原料が一瞬で消えたとのこと。やった!と思いきや、NMRがおかしい。シリエノが変換されてまたシリエノになってる。。?予想外でしたが、無事にC2位の酸化は完了したのでこのまま進めることにしました、てかむしろ都合がいいかも?これが2022年11月くらいの出来事。 (なお、このRubottom酸化の想定機構は論文のSIに記載)
おすすめのラクタムの脱酸素(還元)反応見つけました
次はラクタムの還元。古典的なハンチュエステル/Tf2O条件から試しましたが、ぶっ壊されました。遷移金属触媒反応もたくさん報告があるので、Rh, Irなど高い遷移金属触媒をたくさん試しました。合成のいいところは試薬よりも化合物のほうが圧倒的に高価なので高い触媒使ってもなーんも心が傷まない点ですね。財布は痛いですが。さてさて、これらRhやIr触媒反応は全滅し、これも原料がボコボコに。検討の末、Ru3(CO)12を触媒とするヒドロシリル化条件がとってもきれいにラクタムを還元してくれることが判明。比較的古い反応ですが、大好きな反応になりました。意外と天然物合成に使われていませんが、おすすめです。さて、残すはシリエノの脱保護のみ!このとき2023年1月30日。ギリギリまで実験しつつ修論を書いていた上部、ものすごく頑張ってましたが、修論で合成完了の発表は叶いませんでした。
「最終工程、NMRぐちゃぐちゃです。。。」からの「魔法の粉」投入へ
さすがに修論発表練習もあったので、実験は亀の歩みになりましたが、修論が終わって本腰入れて最後の検討に入りました。正直、「シリエノの除去なんて楽勝よ♪」って気分でした。早速やってもらいましたが「NMRぐちゃぐちゃです。。。」とのこと。確かに、脱保護にしては、、、という状態。ていうか、目的の化合物いなさそう。しかし、彼が偉いのはこの状態の混合物からどうにか化合物をもってこようとPTLC精製をしてくれたことでした。
上:「PTLC後もよくわかんないです」
む:「このPTLCのバンドとTLCのスポット、全く別の化合物になってないか?点が動いた??NMRもcrudeで見えてないピークが増えているねぇ。TLC上で反応している気がする」
上:「たしかにそうですね。。シリル基は落ちてそうですが、天然物ではないですよね」
む:「潤さんの過去の合成でシリカ添加反応もあるし、今回もTLCで動いてるし、シリカ添加してクロホ中で一時間回してみてよ。シリル落ちてるなら、ひょっとして開環体で止まってるだけかもしれないし、シリカの酸で閉環(アルドール反応)するんじゃないか、これ」
上:「わかりました。。。」
む:「(疑心暗鬼だなぁ苦笑 頼む、うまくいってくれー)」
一時間ちょい後、上部から「むっちゃきれいなNMRになりました!TLCも2点くらいに収束してます!できてそう!」との報告。とても嬉しそう。精製し、天然物単離論文とNMRスペクトルやMSを比較した結果、見事合成完了しました。2023年3月1日のことでした。
上部卒業と論文執筆と最後の事件
全合成を完了してみると総工程数8。途中の過去のデータの盲信やしくじり案件、先輩の助言、ボスの過去論文からの学び&気付き、などなどいろいろありものすごく短工程化できました。他のcephalotaxine類の合成例と比べてみても効率的だと思います。無事に上部も年会で「全合成完了しました」と発表もでき、晴れ晴れと彼は卒業しました。残りは僕が論文執筆、あともう一個作れそうな天然物あったので「俺の宿題ね」として彼を送り出しました。宿題としたもう一つの合成は4月頭におわり、化合物データを揃えて論文執筆していたところ、事件が。
2023年4月13日、JACSに同じ化合物の不斉全合成が出されてしまいました。
全く別の方法であったこと、不斉全合成とはいえ工程数が14–16工程と僕らのより長かったのが救いですが、「初の全合成」って書きたかったのは事実です。悔しさ溢れて潤さんに出した草稿でfirst synthesisって書き残してしまいました。悔しい気持ちが残りつつも、合成完了のスッキリした気持ちで論文投稿に至りました。
あとがき
分子量としても小さな天然物です。そこまで合成難易度が高いようなものでもないのはわかっていますが、今まで反応開発ばかりだった自身の研究としても色が異なる天然物合成を完了できたことを感慨深く感じています。自分で言うのもなんですが、自分で開発した反応を使って短工程化につなげられたことはデカいかな、と。合成って楽しいです。たくさん学ばせていただきました。
論文投稿では色々ありました。(「著者自身の既報反応での全合成であり、新規性はない」ってとある雑誌のAssociate Editorに言われたのが一番印象的でした。じゃあ他人の反応で合成している論文はどうなるんだ。。。有機合成化学の歴史を否定しかねない危ない意見だと思いました。) 意中のJournal掲載は叶いませんでしたが、冒頭に書いた通り、ハイライトしてもらえるものはすべてハイライトしていただくことができ、ありがたい限りです。
最後に、上部おめでとう!とっても楽しかったです。
武藤慶
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